僕は小さい時から「満たされる人生なんてあるのか」と常に考えていた。言い換えれば「自分の人生はこれで良い」と思えることなどあるのだろうかと。
そんな僕がそんな感覚を初めてかすかに経験したのは、1999年24歳の頃、アメリカ、アリゾナの寿司屋で働いていた時のことだった。今の妻と出会い、ありとあらゆる事を心から語りあうことができ、「この人と一緒にここアメリカで暮らせるのなら、自分は雇われ寿司職人で一生終わっても、自分の人生はこれで良い。」そう本気で思えたのだった。
しかし彼女には「結婚というものに良いイメージがない。どうして人は結婚するのかわからない」と言われ続け、アメリカでの永住権も取れず帰国、その夢は儚く散ったかのように思えた。
紆余曲折の末に彼女と2003年に結婚したのだが、それからは常に心配が尽きなかった。家計を支えるために自分が手にするべき職は何か? 将来はどうなるのかという不安。ビジネスが上手く行っていた時は上を目指さなくてはと逆に力んだ。常に先が見えない中で新婚生活すらエンジョイした記憶はない。大好きな妻だから2人の生活に経済的責任感を重く感じていただけに、僕は男として悩む一方、妻からは「結婚してから、あなたは変わった。」と言われ、互いの期待の行き違いが、ほんの最近まで続いたのだ。
そんな僕が自分の人生に満足、納得できたのは、本当にやっと最近のこと。夫婦の夢であった北米への移住が実現し、永住権を手に入れ、この美しい地でKOJOをオープンすることが出来、素晴らしいスタッフたちのおかげで、子供達と過ごす時間も増え、食べるものにも住む場所にも困らず、やっと「自分の人生はこれで良い。自分はもうこれ以上望むものはない」と思えた。
「俺の人生はこれで良い!」と本当に思えた。そんな事を思える日が本当にくるんだ。。。と自分でも驚いている。
ある日、僕はそんな自分の状況を「僕はもうこれ以上望むものがないんだ。」とスタッフに話したところ、僕の起業を僕と共に闘って来た当時大学生でワーホリだった友君にこう言われた。「ということは、次は人に与えて行く番じゃないですか?!」
ハッとさせられた。
本当にそうだと思った。僕のように自分の人生をこれで良いと思えるスタッフを増やしていくこと(育てること)が僕の次のミッションだ。会社がスタッフにその環境を提供する義務がある。 そう閃いた。今の事業展開もそこからの出発だった。スタッフの一人一人の賜物を引き出し、活躍舞台を与え、生産性を生み出すことで個人も企業も潤う。そうそう、スタッフ還元の第一弾として2週間前から正社員の労働時間を1日あたり1・5時間短縮した。これは僕にとってかなり勇気のいる決断だった。月給を減らさずに労働時間を減らすのだから。社員中心で実施案を練り、社員主体で施行している。そして、現段階大変うまくいっていると僕は評価している。スタッフ間に更に多くの笑顔が見られ、生き生き感が増した。これから先、更に労働時間の短縮を目指していきたい。
人は自分が満たされてから、はじめて本当の意味で人を満たすことが出来るのかもしれない。
写真; 2006年(結婚してから3年)。ケータリング起業当時。11坪の小さいなスベースからのスタートだった。

たっちゃん!素敵な文章。感動した~!
ありがとう♪
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コメントありがとう。満たされましょうね。
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